宮城県図書館だより「ことばのうみ」第6号 2000年12月発行 テキスト版
おもな記事
- 表紙の写真
- 表紙エッセイ 「読むことと、考えること」 岩手県立大学長・前東北大学総長 西澤 潤一
- 特集 図書館法制定50周年記念 講演会&シンポジウム
- 生涯学習推進活動レポート
- 図書館 around the みやぎ シリーズ第2回角田市図書館
- 貴重書の世界 「仙台領の飛地の絵図」
- わたしのこの一冊 島田雅彦ほか著「中学生の教科書- 死を想え」
- 図書館Q&A
- 図書館からのお知らせ
表紙の写真。
宮城県図書館 地形広場「ことばのうみ」で行われたライブラリーミニコンサート「ハーモニカの調べ」の様子です。
図書館アートシリーズ その2。
今回は宮城県図書館正面の館名塔「88.5 ARC」です。ベルナール・ブネ(フランス)作。
表紙エッセイ 「読むことと、考えること」 岩手県立大学長・前東北大学総長 西澤 潤一さん。
子供の頃、県庁前の角に建っていた図書館を憶えているが、もうそんな方も少なくなった。その図書館法が制定されて五十年になると云うが、終戦苟々こうこうのことで、図書館はその前から運営されていたのだから、歴史は永く、また貢献も大きかったと思う。本が買えない人が読むと云ってもいろいろあって、手に入らない、買っても置き場がない、そして、お金がない、読むところがないなどいろいろあるが、どこも建物が大変立派になり、清潔になったのに、利用者が殖ふえていないところが多いと聞くのは、利用する人には有難いが、残念である。
ところが、情報通信技術の急速な発展によって、情報の入手が桁違いに容易になるから、図書館の機能を大幅に変革してゆかなければならなくなる。嘗つて複写機が普及したとき、かえって文献を読まなくなったが、同じようなことがより強くなるのではないか。大事なことは読んで考えることだが、これも新世紀を迎えて、図書館運営の大切な仕事である。
著者のご紹介。
にしざわ・じゅんいち。岩手県立大学長、財団法人 半導体研究振興会研究所長、前東北大学総長。1926年仙台市生まれ。東北大学工学部卒。工学博士。半導体、光通信の世界的な権威。1983年に電子工学のノーベル賞といわれるジャック・A・モートン賞を受賞。1989年文化勲章、2000年エジソン賞受章。著書に『背筋を伸ばせ日本人―「信念」と「独創力」の復活―』(PHP)『教育亡国を救う―科学的教育学のすすめ―』(本の森)など多数。
特集 図書館法制定50周年記念 講演会&シンポジウム
宮城県図書館は平成12年11月3日、図書館法制定50周年を記念する講演会とシンポジウムを本館ホール養賢堂で開催しました。記念講演会の講師は作家の阿刀田高氏。阿刀田氏は「日本の図書館-過去から現在そして未来へ」をテーマに、図書館と読書の楽しみ方などについて講演しました。続くシンポジウムでは、阿刀田氏もパネリストとなって、「日本の図書館-21世紀への課題」について話し合いました。
記念講演会の部 図書館-過去から現在そして未来へ 読書の力とそれを支える図書館 講師/作家 阿刀田 高氏
社会人としてのスタートは図書館司書。
私の社会人としてのスタートは図書館員で、国立国会図書館に11年間勤めておりました。しかし、もう辞めてから30年ほど経っておりますし、しかも国立国会図書館は図書館としては極めて特異な図書館で、公共図書館とは大分性質が違っています。ですから今日は小説家の立場から、図書館をどんなふうに見ているかについて、お話ししたいと思います。
「図書館」と聞いて、まず最初に思い浮かぶのは「読書」です。最近「読書離れ」「活字離れ」などとよく言われますが、私にはどうしてそういうことが起きるのか、もうほとんど信じられない気持ちです。
何かを創造するときに読書は必ず役に立つ。
読書ほどすばらしいことは他にそんなにありません。それはまず「安い」ということ。何かやろうとするとすべてお金がかかります。本も高いと言われますが、他のものに比べればずいぶんと安いものです。そして、たったひとりで、誰にも迷惑をかけることなく、いつでもどこでも楽しむことができる。しかも、対象となるジャンルはありとあらゆるものにわたっていて、それも初級、中級から上級、奥義に至るまで、だいたいのものは揃っているのです。こんな便利なものは他にそうあるものではありません。そういうものを捨てて何をいったい人生の喜びとするのか。私には、じっくり考えれば考えるほど「読書離れ」や「活字離れ」と言われていることが、信じられないのです。
読書というのは、寝転がって何かを読んで、のほほんと楽しむだけでもおもしろいですよね。それだけでも、私は相当な価値があると思いますが、特に自分で何か新しいことをクリエイトしよう、創造しようと思ったときには、そこから一歩奥に入っていかなくてはなりません。そしてそのときに、過去から受け継がれてきた活字の文化というものが、必ず役立ってくれるのです。それは私ども小説家のような仕事でも、過去の遺産というものはずいぶんと役に立っているのです。読書はそのくらい力を持っていますし、それを支えている一つの機関が図書館なのです。
石ノ森章太郎さんも大変な読書家だった。
もう10年ほど前ですが、東京青山で劇画のプロを養成する講座を見に行ったことがありました。その講座のオリエンテーションで、塾長が最初に話したのは、「みなさん、本を読んでいますか」ということでした。劇画のプロを志す人たちは、どちらかというと活字とはちょっと別のところに関心がある人たちで、「読書」の話に一瞬驚いたようでした。
しかし、塾長の話は実に説得力があったのです。劇画のプロを志す人たちなら、みんな絵を描くのは得意ですが、その人たちが自分の絵のうまさを武器にしてストーリーのある劇画を描いていこうとするときに、力になってくれるのは四千年の歴史を持つ活字の知識なのだ――と、塾長の話はそういうことだったのです。『ベルサイユのばら』を描いた池田理代子さんも大変な読書家ですし、亡くなられた宮城県出身の石ノ森章太郎さんもそうでした。
芥川龍之介と『銭形平次捕物控』、 そして『落語全集』が愛読書だった。
ではどうしたら読書が好きになるかと言えば、それにはやはり、自分の身の丈にあった、できるだけ楽しいものを読んでいくことが、一番大切だろうと思います。
私の中学校から高校にかけての、一番の愛読書は芥川龍之介と野村胡堂(のむら・こどう)の『銭形平次捕物控』、それに『落語全集』の3つでした。これはもう、しっかりと精読しました。
考えてみると、私の短編は芥川龍之介の作風と少し似ているかもしれませんし、『銭形平次捕物控』は間違いなく推理小説なのですが、私も推理小説を書きます。そして私の小説は、最後のところでどんでん返しがあるのですが、これは落語のオチと同じわけです。
中学、高校で一生懸命読んだ3つの愛読書は、その時は楽しいと思って読んでいただけなのですが、これが今でも、結構役に立っているわけです。
朗読の価値が見直されている。
最近、「朗読」の価値が見直されて来つつあるように感じています。その一つが、目の不自由な方のための、いわば「耳からの読書」です。この宮城県図書館にも朗読サービス室があって、目の不自由な方に対面朗読をしているとお聞きしましたが、実は私の家内も日本点字図書館(東京都新宿区)で10年来、朗読奉仕員をしています。最近は、点字図書よりも朗読テープの需要が高まっているようです。
もう一つは「母親の朗読」です。テレビではお母さんよりずっと上手な人が朗読して、子どもたちにお話を聞かせてくれる番組もありますが、子どもたちにとって、お母さんが自分のために読んでくれる物語は、読み方は下手でもそれはもう専属ですから特別の価値があるわけです。
それから「舞台朗読」、つまり舞台に立って朗読する試みも、いろいろな方が少しずつ始めております。一つの作品を芸として、ちゃんと読めるようになるには3か月、6か月という期間が必要なようですが、それはやってもおもしろいし、聞いても楽しいことです。
読書の大敵と公共図書館の課題。
ところで、読書にも大敵があります。それは年を取ると目が弱くなるということです。そのときこそ、耳からの読書が登場すべきなのですが、そこには、いくつかの障害があります。その一つは著作権の問題です。一般の方が何の著作権料も払わずにどんどんテープをダビングしてしまうことなど、やろうと思えば実際、実に簡単なことなのですから。
それからもう一つは、高齢になると、たしかに耳からの読書の方が便利なので、それで健常者にもどんどん朗読テープの利用が広がっていきます。そうすると目の不自由な方が逆に阻害されてしまうことにもなりかねません。
こうした著作権の問題や、目の不自由な方と健常者の利用の関係なども、公共図書館における21世紀の課題として考えていくべきことだと思っています。
阿刀田氏夫人・慶子さんが『あやかしの声』を朗読。
この日は阿刀田 高氏夫人・慶子さんの朗読も行われました。慶子さんが朗読したのは阿刀田氏の短編小説『あやかしの声』(新潮社1996年)。この作品は阿刀田氏の国立国会図書館司書時代の経験をもとにして書かれたものと言います。ある財団に勤務する主人公が国際会議出席のために図書館発祥の地、アレクサンドリア(エジプト)を訪れ、そこで見た夢と、日本の大学図書館で働く妻の幻聴が交錯するというストーリーです。慶子さんは1990年から日本点字図書館(東京都新宿区)で朗読員をつとめ、目の不自由な方のために、録音図書の制作などに携わっています。
阿刀田高氏の著作ミニギャラリー。
『ナポレオン狂』(講談社 1979年) 直木賞受賞作品。ナポレオンに魅せられ、ナポレオン関係のものなら何でも集める男と、自分はナポレオンの生まれ変わりだと信じている男が出会う物語のほか、日本推理作家協会賞を受賞した「来訪者」など11の作品が収められている。
『新トロイア物語』(講談社 1994年) 吉川英治文学賞受賞作品。古代ギリシアの詩人ホメロスの叙事詩『イリアス』などにも描かれたトロイア戦争を、阿刀田流の解釈で現代にも通じる小説として再構築した長編歴史小説。
『まじめ半分』(角川書店 1984年) 国立国会図書館に勤めていた頃を振り返る「図書館員の頃」、母方の先祖が仕えたという伊達家ゆかりの青根温泉(宮城県川崎町)を旅したときの「ご先祖様の湯」、今回のシンポジウムでも紹介された「読書保険」などを収録したエッセイ集。
『怪談』(幻冬舎 1998年) 小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の世界にひかれる2人の男女が、八雲の足跡をたどって焼津、犬山、松江、そしてマルチニーク島へと旅し、互いの愛を確かめていく恋愛小説。八雲の作品や恐怖譚(たん)もちりばめられている。
『鈍色の歳時記』(文藝春秋 1999年) 冬日和、豆撒き、黄水仙、父の日、待宵、秋出水、年の瀬など、12の季語で紡いだ短編集。季節の移ろいのなかで営まれる、穏やかな日々の暮らしに織り込まれた少し不思議で少し怖い物語。
『シェイクスピアを楽しむために』(新潮社 2000年) 「ハムレット」「ロミオとジュリエット」「リア王」など11のシェイクスピア劇を取り上げ、その時代背景や登場人物などを紹介しながら、劇作家シェイクスピアの”本意”や”技”まで読み解いた、阿刀田式のシェイクスピア案内書。
シンポジウムの部 日本の図書館-21世紀への課題から市民の自立と普遍性を追求するためにから
図書館法制定50周年を記念するシンポジウムでは、宮城大学教授の山久道氏がコーディネーターとなり、作家の阿刀田 高氏をはじめ4人のパネリストが図書館と社会の関わり、図書館の今後の課題などについて意見を交わしました。
出席者
阿刀田 高氏 作家、元国立国会図書館司書(パネリスト)
竹内 さとる氏 (さとるは上が「折」に下が「心」) 図書館情報大学名誉教授(パネリスト)
常世田 良氏 浦安市立中央図書館長(パネリスト)
岩渕 恵子氏 ボランティア、図書館利用者(パネリスト)
山崎 久道氏 宮城大学教授(コーディネーター)
- 山崎
今、図書館を取り巻く世界は非常に大きな変革期に差し掛かっていると思います。一つは情報技術が進展し、さまざまなメディアが登場しているということです。第二に、生涯学習への関心が高まり、それが自立した市民を生み出す原動力となっています。また、宮城県は情報公開が非常に進んでいますが、私は図書館もその一翼を担う機関であると考えています。それでは、それぞれの立場から図書館について考えていらっしゃること、課題と思われていることについて、お話しいただきたいと思います。
- 常世田
日本は今、「自己判断・自己責任」型社会へ移行していると言われていますが、正確に自己判断し、自分で責任を取るためには、正確な情報を素早く入手しなければなりません。図書館はそうした情報を、誰でも公平に手に入れるための「社会のインフラ」として整備される必要があると、私は考えています。
今年の8月にアメリカの図書館を視察してきましたが、アメリカでは、図書館はまさに「社会のインフラ」としてしっかり定着していると実感しました。日本の図書館の利用率は平均で10から20%位であり、30%の市民が使えば大成功と言われています。しかし、アメリカの利用率は国全体の平均で60%位と言われ、大変高いのです。
アメリカではニューヨーク公共図書館のうち、中央図書館と科学産業ビジネス図書館を、そしてロサンゼルス中央図書館などを視察しましたが、いずれも200台、300台という、ものすごい数のコンピュータの端末が並んでいました。そこではデジタル化が急速に進んでいて、インターネットはもちろん、300種類くらいの、本来は有料のデータベースも無料で利用できるようになっていました。
一方で特に印象に残ったのは、ロサンゼルス中央図書館の識字をサポートするコーナーです。アメリカは移民の国であることもあって、日本に比べれば文盲率は大変高いのです。そのため、英語の読めない人をサポートしなければなりませんが、図書館がその機能を担っているのです。私はそれを見たときに、アメリカの図書館の懐の深さをしみじみと感じました。
アメリカの図書館はデジタル化を強力に進めていますが、その一方でマンツーマンで接するサービスや本を使ったサービスも決して後退させてはいません。つまり二本立てなのです。このことがそのまま、これからの日本の図書館の課題になると思いました。
- 山崎
今のお話から、自立した市民に対してきちんと情報を提供していくという、アメリカの図書館の底に流れている精神とでも言うべきものを感じました。
しかし実は、日本でも古くから同じような考え方を持っていた面があったと思います
- 竹内
私は図書館とは世の中の変わり目ごとに意識されるものではないかと考えています。
日本で最初に公開された図書館は、奈良時代に、石上宅嗣(いそのかみのやかつぐ/729-781年)が自分の蔵書を公開した「芸亭(うんてい)」ですが、宅嗣が没した翌年(782年)には桓武天皇が即位し、平安の世へと、時代は大きく変わっていきます。
時代は飛びますが、江戸の後期(18世紀後半)にはたくさんの個人蔵書家が現れて、その蔵書は私設図書館としての役割を果たすこともありました。事実、この時代の国学者・本居宣長(もとおり・のりなが/1730-1801年)は「本は私蔵せず、人に見せ、写させるものだ」(『玉勝間』、巻の一)と言っています。
こうした今日の図書館につながる新しい動きや思想は、仙台で生まれたと言える面があります。1765年に、仙台藩の林子平(はやし・しへい/1738-1793年)は『富国建議(ふっこくけんぎ)』の中で「仙台藩を立て直すためには人材が必要だ。それには本をたくさん集めて、人々に読ませ、考えさせる施設を作る必要がある。その費用は税金で賄うべきだ」と建言しています。
林子平の提言はそのときは実現しなかったのですが、少し遅れて生まれた青柳文蔵(あおやぎ・ぶんぞう/1761-1839年)が自分の蔵書2万巻を仙台藩に献納し、仙台藩にその運営を任せたのです。これが「青柳文庫(あおやぎぶんこ)」(1831年)で、日本における公共図書館のさきがけとも言われています。青柳文蔵は青柳文庫を運営するための基本財産もいっしょに寄付し、その運用で青柳文庫は維持されました。仙台藩もちゃんと目付2人を置き、今日の図書館員のような働きをさせたのです。
林子平や青柳文蔵は時代の変革期に生まれた人でしたが、こうした時期には新しいものの見方と、若い世代への期待-の2つが現れてくると思います。
実は今年、制定50周年を迎えた「図書館法」(1950年)も変革期に生まれ、同じように新しいものの見方、考え方や人への信頼がうたわれているのです。
- 山崎
図書館法は何を目指したのでしょうか。
- 竹内
図書館法は理念において大変優れた法律と言われており、国民一人ひとりが賢くなることが民主主義の基本だという観点から立案されました。この法律では、図書館を国や自治体の“義務設置”にしてはいません。私たちは「だから図書館が伸びない」と不平を述べた時代がありましたけれども、今となってみますと、住民が必要と判断したときに図書館をつくる――という法律があることは、すばらしいことだと思います。義務設置では、「図書館はあればいい」ということにもなりかねません。だからこそ、住民がまず「図書館というものが必要なんだ」――と思ってくれることが大事です。
図書館は、今までは資料や情報の提供が目的とされてきましたが、これからはもっと先の目標を設定しなければならないと思います。それを私なりに言えば、「図書館とは、市民一人ひとりが自立と普遍性とを求めて生きることを援助する機関」なのです。
いずれにしても、読書は若いころから習慣にすることが一番だと思います。これについて、阿刀田高先生のエッセイの一つに「読書保険」(『まじめ半分』角川書店1984年)という言葉が出てきます。この意味は、ぜひご本人にお聞きしたいと思います。
- 阿刀田
「読書保険」という言葉は思いつきでしたが、内容は重要です。つまり保険は老後を豊かにしてくれるものですが、これは普通、お金の面を言います。しかし精神の豊かさもあるわけで、若いころに、保険料を払うように読書という習慣をちゃんと身につけておけば、その見返りに、後々の人生を豊かにしてくれる-と、そういう意味です。
図書館について、私が一番申し上げたいのは「図書館は役に立つ」ということです。最近、杉並区にある私の家のすぐ近所に高井戸図書館という、小さな図書館が新設されましたが、蔵書は私の書棚の方が豊かな部分があります。私は小説を書くための必要もあって、1万冊位の蔵書を持っていますから。けれども、この高井戸図書館もちゃんと役に立つのですね。
それはなぜかというと、杉並区では区立図書館のネットワークが整備され、図書館間の連携が非常に良いからです。高井戸図書館自体の蔵書は少ないのですが、ちょっと離れたところに戦前からの歴史を持つ杉並区立中央図書館があって、高井戸図書館でお願いした本は、だいたい次の日の夕方ぐらいには中央図書館から届くのです。
また私は、図書館の命はやはりレファレンスワーク(調査相談の機能)にあると考えています。利用者のいろいろなニーズに対して鋭敏に応えることのできる、親切で有能な調査相談担当職員がいるかどうかということが、図書館にとっては非常に重要なことです。
- 山崎
実は宮城県の図書館設置率は極めて低いのです。宮城県には71市町村ありますが、そのなかで図書館があるのは10市10町に過ぎません。阿刀田先生のお話にあったように、宮城県のどこか一つの町に図書館を一つつくれば、その背後には県の図書館があり、宮城県の中のいろいろな図書館がネットワークを結んで、相互に協力し合うことになります。そして最後は国会図書館が拠り所となって、すべての図書館に本を貸してくれるわけです。
続いて岩渕さんからお話しいただきたいと思います。
- 岩渕
私の住んでいる小牛田町には「近代文学館」という図書館があって、何か本を読みたいとか、CDを聴きたいとき、そして時間のちょっと空いたときなど、いつでも気軽に利用しています。図書館が近くにあると、暮らしが充実して、心も豊かになるような気がします。
私は宮城県点字図書館(仙台市青葉区)で、目の不自由な方のために録音テープを吹き込んだりする朗読奉仕員もしています。この朗読奉仕では、目の不自由な方にとって、音声が活字の役割を果たすことになりますから、正確で聞きやすく読むことが要求されます。読み落としや読み誤りがあると原本とは異なるものになってしまいますので、そのために下読みだけでなく、下調べをきちんと行うようにしています。
それで、小牛田町の図書館に足を運ぶ回数が多くなりますし、レファレンスサービスを頼りにすることもしばしばです。電話やファクシミリで、宮城県図書館のレファレンスサービスを受けることもあります。こうした図書館のサービスはすべて無料ですが、これは本当にすばらしいことだと思っています。
また、私は小牛田町の図書館で、毎週土曜日に子どもたちを集めて、絵本の読み聞かせをしています。これはボランティアですが、図書館サービスの提供者の立場であることを意識して行っています。それだけにそこでの利用者の反応は自己反省の材料であり、また何よりも大きな励みになっています。こうした活動を積み重ねているうちに、利用者は図書館側から受けるサービスに期待するばかりではなく、利用者の側からも、図書館との間に良い相互関係を働きかけていくことが、より良い図書館づくりにつながると考えるようになりました。
- 山崎
最後に一言ずつ、まとめをお願いします。
- 竹内
岩渕さんから図書館のサービスについてお話がありましたが、私は、サービスを担う図書館員には図書館員としての人間観が必要だと考えています。それは、一人ひとりの利用者は成長の可能性を持っている-という、人間観です。結果はいつ出てくるかはわからないのです。岩淵さんがお話しした読み聞かせの結果が現れるのは、20年後ではないでしょうか。お話を聞いた子どもが親になり、自分の子どもの読書の問題に出会った時に初めてわかることと言えるでしょう。「読書保険」についても、小さいときから種を蒔いてくれる人がいて、その種がだんだん育って、かなり時間が経ってから、ああなるほどとわかるものです。図書館の仕事も、20年後、30年後、80年後を見通して考える視点が大切だと思います。
- 常世田
イギリスに「有権者は自分のレベルに合った政治家しか持てない」という格言がありますが、私は「市民は自分のレベルに合った図書館しか持てない」と言いかえられると思います。
これからは地方分権、地方自治の時代です。自分たちのまちの図書館は自分たち自身でつくるという時代になると思います。いろいろな図書館があることを知って、どのような図書館にするのか、判断してほしいと思います。
- 岩渕
これからも図書館の役割はますます大きくなっていくと思いますし、頼りにしたいと考えています。そして私も、まだまだ自分に「読書保険」を掛けていきたいと思いますが、子どもたちにも、もっともっと本を読んでもらいたいですね。
- 阿刀田
図書館というのは、率直に言ってコスト計算に合うものではないと思います。例えば、私がかつて勤めていた国立国会図書館は都心の一等地にあります。あんな大きな建物を全部駐車場にしたらどのくらい儲かるのか-というわけです。
しかし図書館は、例えば1000人の人が来たとして、その中からたった一人がものすごく世の中に役立つことをしたら、そのことを喜びとして良いと思います。そのくらい開き直って、これからも大きな視点で図書館の価値を捉えていくべきだと、そう考えています。
- 山崎
今日は情報化時代といわれています。インターネットから溢れるようにして、毎日、情報がどんどん出てくる。その中にはあまり質の良くない情報や、人間の尊厳を危うくするような情報すら含まれていると思うのです。これからは自分自身で、そういう情報の良し悪しを見分けていかなければいけない時代です。
今日のシンポジウムを通して、その溢れ出る情報をコントロールするのは、結局、人間の持っている知恵の力であり、人間の持っている知識の確かさではないのかと思いました。そして、その知恵や知識の確かさを育ててくれるのは、図書館ではないかと考えられます。
今日のシンポジウムを契機に、図書館についての理解が一層深まり、図書館を充実させていく力が、ますます大きくなっていくことを期待して、まとめとしたいと思います。今日はありがとうございました。
宮城県図書館の生涯学習推進活動レポート
生涯学習推進講演会(10月8日 ホール養賢堂)
東北工業大学の矢内諭教授による講演。豊富な資料をもとに、国内外の図書館事情やIT時代のコンピュータ活用能力の問題等、21世紀の生涯学習のあり方についてたいへん示唆に富んだお話をいただきました。
初心者のためのパソコン講座 (10月17日・18日 ホール養賢堂)
宮城県図書館に設置されている図書検索用パソコンの操作法についての研修会。定員64人に約3倍の申込。ほとんどの参加者はパソコンに初めて触れる方々でしたが、図書検索が自由にできるようになったと満足顔でした。
人形劇の世界 (10月22日 ホール養賢堂)
人形劇団プーポイの皆さんによる公演。独創的な人形劇の実演は魅力あふれるもので、参加した親子連れの方々には楽しいふれあいのひとときになったようです。
市町村生涯学習フェア 岩出山町主催 (10月3日から13日 生涯学習室)
郷土が生んだ女流剣士「園部秀雄(そのべ・ひでお)範士パネル展」や「観光写真展」「岩出山の物産展示」等。8日には地形広場において、スコーレ・ポップス・オーケストラによるバンド演奏がありました。
市町村生涯学習フェア 河北町主催 (10月17日から27日 生涯学習室)
「河北町の生涯学習」「文化財」「観光物産」等の展示発表。22日には針岡とら舞保存会とかほく銭太鼓パールズの皆さんによる公演がありました。
- 生涯学習相談
宮城県図書館では、平成11年度から新たな事業として、学習に関する情報提供や相談を実施し、県民の皆さんの生涯学習活動を支援しています。お気軽にご相談ください。
内容は講座・イベント・グループ・指導者・施設・資格の情報提供。学習相談の方法・計画等。県内71市町村及び社会教育関係施設等の資料展示も行っております。生涯学習関係の電話による相談も行っております。
開室時間は図書館開館日の午前10時から午後0時、午後0時45分から午後4時まで。
お問い合わせは生涯学習室(2階)電話番号:022-377-8641へどうぞ。
図書館 around the みやぎ シリーズ第2回 角田市図書館館長 高橋芳徳。
仙台藩伊達家御一門筆頭、石川氏2万1000石の城下町。十二代石川宗光公が開いた学問所「成教書院(せいきょうしょいん)」の跡地に、静かにその面影をとどめる角田市図書館は、市民センターとの複合施設として昭和46年6月に開館し、来年で30年の節目を迎えます。
市内全域サービスを考えた、はやい時期からの移動図書館車の運行、また畳敷きの児童コーナーの設置、おはなし会の開催など小規模図書館ならではのきめ細かなサービス展開で今日に至っております。
平成10年、自主的な活動団体「かくだ図書館友の会」が発足しました。絵本の読み聞かせ、布絵本の制作、音訳テープ作成、研修会の開催など自分たちの足で歩みはじめており、図書館もこれと並行して、障害者サービスをスタートいたしました。
昨今、コンピュータの導入で、図書館を取り巻く状況も大きく変わり、職員の仕事の内容もまたそれに伴って多様化しております。コンピュータは図書館の目的を達成していく中で重要な役割を果たしていくと考えますが、それ以上に、私たちは利用者との接点であるカウンターこそ「図書館の顔」と認識し、これからも住民の要望にそった、親しまれ、信頼される図書館を目指して日々頑張っていきたいと思っています。
角田市図書館のご紹介。
- 開館時間:平日 10時0分から18時0分。
- 開館時間:土曜日・日曜日 10時0分から17時0分。
- 休館日:祝日、第2・4日曜日、第1・3・5日曜日の翌日、月末日(土曜日・日曜日を除く)、年末年始。
- 交通案内:阿武隈急行線角田駅から徒歩20分。
- 移動図書館車「かしの木号」運行。
- 図書館のデータ。
- 蔵書冊数:118,951冊(平成12年3月31日現在)。
- 貸出冊数:113,145冊(平成11年度実績)。
- 住所:郵便番号981-1505 角田市角田字牛舘10番地。
- 電話番号:0224-63-2223。ファクス番号:0224-63-5633。
時空をこえて 貴重書の世界 仙台領の飛地の絵図。
江戸時代の大名の領地で、本拠地から離れた地域の領地は特に「飛地(とびち)」と呼ばれた。仙台領の飛地は、近江(おうみ、今の滋賀県)と常陸・下総(ひたち・しもうさ、今の茨城県)にあった。両地域合わせて2万石(仙台領全62万石のうち)だったという。
近江や常陸・下総の飛地は幕府から伊達家に与えられた。なぜこれら遠隔の地域に領地があったのかについては、本拠地を後にして京都や江戸に詰めていた人々のための補給地だったのではないかという説がある。
この2枚の絵図(地図)はそれぞれ近江と常陸・下総の飛地を表わしている。絵図には仙台領であった村々が描かれており、よく見ると「龍ケ崎村」のように今に通じる地名も見える。これらの地と宮城県とは過去に深い縁があったのか、と思い直して眺めれば、はるかな時の移りに感慨もひとしおであろう。
わたしのこの一冊 『中学生の教科書-死を想え』島田雅彦ほか著 四谷ラウンド 1999年
「より善く生きるために」柴田町 須藤 栄喜。
私は現在、中学校で美術の教師を務めている。美術はのびのびとした授業を心掛けることで、芸術教育の自由が保障され、その自由さから真の芸術に達する可能性が開かれるのだと思う。しかし、実際には混沌とした世相の中で、様々な価値観を身につけた子どもたちに、何を善いものとして、どのように教えればよいのか……、悩むこともしばしばだ。
以前、教師の資格を取るために受けた講義の中で、非常に印象に残った内容がある。それはソクラテスの考察で、「生き方(考え方)の筋道を、logos(言葉)的に考えて真は何であるか」を問うものであった。
図書館で『中学生の教科書-死を想え』に出会い、このソクラテスの考察との共通点に気付いた。同書では、「単に生きることが大切なのではなく、善く生きることが大切である」と説いている。サブタイトルにもあるように、死を想い、人間の「生き死に」を意識して、「生きる力」へ向かわなければならないと。
同書からは、各教科の「知る楽しさ」を十分に感じることができる。さらに、こうすればこうなるといった図式で子どもを見ずに、多角的に見る大切さ、自由さを学ぶこともできる。
図書館 Q&A。
人名・地名等の読み方を調べています。どうしたら図書館での調べ ものが上達しますか。
身近な市町村図書館を利用して、辞(事)典類をはじめとする各種図書館資料の使い方に慣れることが肝心です。特に辞(事)典・年鑑類は、凡例(はんれい)という、その本の使い方の説明文をよく読むと、使い方だけではなく、目的に合う本かどうかもわかります。それでもわからないときは県図書館をご利用ください。調べごともどうぞご相談ください。電子図書の検索操作方法もお尋ねください。
なお、ご来館に不便をきたす県民の方へは電話以外にもファクス番号:022-377-8493、Eメール:chousa●library.pref.miyagi.jpでも調査相談の受付をしています。
図書館からのお知らせ。
特別整理期間のための休館日
年に一度の図書館資料特別整理のために、下記の期間は休館します。ご不便をおかけしますが、ご理解とご協力をお願いいたします。
期間は平成13年2月22日(木曜日)から3月8日(木曜日)までです。
祝日も開館しています。
この「ことばのうみ」テキスト版は、音声読み上げに配慮して、内容の一部を修正しています。
特に、句読点は音声読み上げのときの区切りになるため、通常は不要な文末等にも付与しています。
「ことばのうみ」は、宮城県図書館で編集・発行しています。
宮城県図書館だより「ことばのうみ」 第6号 2000年12月発行